windowsで新しいフォルダを作るときに「prn」という名前を付けられないようにした
SamFURUKAWA
古川 享
132 :Trader@Live!:2009/09/12(土) 18:13:16 ID:D6/oAplw
»92
拾いものだが
298 :日出づる処の名無し:2009/09/10(木) 04:06:25 ID:dLRpnTnQ
麻生太郎が、壁に貼って、小さい頃から守り続けてる逆説の10か条
マザーテレサも影響うけたみたいだ
マイミクが書いておった。
●逆説の十ヶ条●
1 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。それでもなお、人を愛しなさい。
2 何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。
3 成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。
それでもなお、成功しなさい。
4 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。
5 正直で率直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。
6 最大の考えをもった最も大きな男女は、 最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落されるかもしれない。
それでもなお、大きな考えをもちなさい。
7 人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていない。
それでもなお、弱者のために戦いなさい。
8 何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。
それでもなお、築きあげなさい。
9 人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。
それでもなお、人を助けなさい。
10 世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。
これが、麻生太郎の強さの秘訣だ
グローバル化というバズワードが飛び交っているし、学者の間でもグローバル化を「予言」し「警鐘を鳴らす」というのがやたらと気を引くけどまじめにデータを掘り下げていくとさほどグローバル化は進んでないよというお話。
移民に至っては実はピークから下がってくるくらいだし(ピークは1900年)、インターネットのおかげで海外情報が飛び交うかと思いきや、比率としては国内情報のシェアもガッツリ存在する。
例として出てくるのはコカコーラ。いわゆる代表的なグローバル企業だけど、実態をみるとグローバル化で語られている「世界はフラットであるはず」という前提とは大きく違う。
* 日本は主要市場で最も利益率の高い市場
* 一方でコーラは日本での売り上げはほんの一部
* 売り上げの大半は、缶コーヒー・リアルゴールド・お茶など200種に上る商品
* 日本だと自動販売機でたくさんの商品を並べねばならない
* 日本人は新しい物好きなので毎年100種類もの商品を投入しなければならない
* ジョージア缶コーヒーは本社の反対を押し切って製造販売会社が開発した商品。ジョージアにある本社が非協力的だったことへのあてつけに命名されたと言われている
自動販売機・缶コーヒー・お茶というどう考えても日本特有のマーケティングで成功を収めている。アメリカでの成功体験をそのまま規模の経済でスケールアウトしているのではないということがよくわかる。
ということで「この国での成功体験を世界にも通用させようぜ」という楽観論もウソだし「グローバル化で海外企業が力技で日本の企業をつぶしにかかる」という終末論もうそ。日本で通用している海外企業は日本企業とおなじかそれ以上に日本のことをちゃんと勉強して仕事をしている。
良いデザインは集団で生起する。 15世紀のフィレンツェには、 ブルネレスキ、ギベルティ、ドナテルロ、マザッチョ、フィリッポ・リッピ、 フラ・アンジェリコ、ヴェロッキオ、ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、そしてミケランジェロがいた。 その当時、ミラノはフィレンツェとほぼ同規模の都市だった。 あなたは何人のミラノ出身のアーティストを挙げることができるだろうか。
15世紀、フィレンツェには何かが起こっていたのだ。 それは現在に続いてはいないから、血統のせいではないと言える。 レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロに何らかの生まれながらの能力が備わっていたとしても、 ミラノにも同様の能力を持った人はいたはずだ。ではミラノのレオナルドには何が起こったのだろう。
現在、アメリカ合衆国には15世紀のフィレンツェの人口の約1000倍の人々が住んでいる。 1000人のレオナルド、1000人のミケランジェロが我々の中にいるはずだ。 DNAが全てを支配するなら、こんにち我々は毎日のように素晴らしい芸術に驚嘆している はずではないか。現実はそうではない。レオナルドがレオナルドになるには、 生まれながらの能力以上の何かが必要なのだ。1450年のフィレンツェが必要なのだ。
関連した問題を解こうとしている才能ある人々のコミュニティほどパワフルなものはない。 それに比較すれば遺伝子の影響なんて小さなものだ。 遺伝子的にレオナルドであるだけでは、フィレンツェではなくミラノに生まれてしまった 不利を打ち消すことはできない。 現代では人々の移動は激しいが、良い仕事は依然としてごく少数の「ホットスポット」から 集中して出てくる。バウハウス、マンハッタンプロジェクト、「ニューヨーカー」、 ロッキードのスカンクワークス、そしてゼロックスのParc。
どんな時代にも、少数のホットなトピックがあり、それに向けて多くの仕事をなす少数の集団がいる。 それらの中心から遠く離れてしまっていては、良い仕事をするのはほとんど不可能だ。 このような流れを押しよせたり引き寄せたりすることはある程度できるが、 完全に逃れることは出来ない。 (いや、あなたなら出来るかもしれないけどね。でもミラノのレオナルドには出来なかった)。
「聞いた話なんですが、今の若い子は携帯電話で音楽を聴くけれど、機種を変更するときに、それまでダウンロードした音楽を一緒に捨ててしまうそうですね。機種間でデータを移行できないということもあるのでしょうが、捨ててしまってそれを顧みないのが習慣になってしまっているのかも知れません。作る側もそういう風潮に合わせるから、どんどん安っぽい音楽が増えていく傾向もありますしね。
けれど、もともと音楽って何万年もの間、かたちのない『ライブ』だったんです。メディアを再生して音楽を聴くというスタイルは、レコード誕生以後の約100年くらいの歴史しかないんですね。メディアがなく録音もできない時代、音楽は100%ライブだった。音楽が目に見えない、触れられないデータ化されたものになっている今、もう一度音楽のおおもとのかたち - ライブへの欲求が強くなっている。これはすごく面白いことだなと思っています。なにか必然的な理由があるような気がしてね。
たとえばいま携帯電話で音楽を聴いている子供たちにも、もっと生を聴く機会ができればいいと思います。シャカシャカした携帯電話の音楽と、ライブで聴く生音は全く別のものだって、1回聴けば分かりますよ。録音した音楽は、どうやっても生を超えることはできない。だから、生の音楽に接する機会を、多く持ってもらいたいと思います」

